You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

イタリア-フィレンツェ

ウフィツィ~ドイツからイタリアへ㊲~

ロッサ通りを東に進むとシニョーリア広場が見えてくる。フィレンツェ観光のもう一つの中心地ヴェッキオ宮殿が建つ。何度もいうようであるが,日本人がイメージする宮殿ではない。故に邸宅と訳してきたが,ヴェッキオ宮殿は市庁舎という方がふさわしい。ここ…

フィレンツェとギルド~ドイツからイタリアへ㊱~

紋章を見たあとこのまま南へ向かうと共和国(レプブリカ)広場に出るが,広場を過ぎるとカリマラ通りに入る。入るとすぐに羊毛を取り扱う職人・商人のギルドがあった邸宅が残っている。イタリアのギルドはアルテと呼んだということはすでに触れた。アルテとは…

メディチ家教皇~ドイツからイタリアへ㉟

サヴォナローラののちメディチ家は,ピエロの跡をロレンツォの二番目の息子ジョヴァンニが継いでいた。このジョヴァンニ,16歳の若さで枢機卿の地位を得ている。もちろん親の七光りである。ジョヴァンニはフランスの大敵ハプスブルク家の援助を受け,1512年…

ジロラモ=サヴォナローラ~ドイツからイタリアへ㉞~

ここにサヴォナローラという修道士が登場する。ジロラモ=サヴォナローラは,ロレンツォ存命中からフィレンツェで説教をおこなっていた。その内容は政治と信仰の腐敗,つまりはメディチ家への批判である。ロレンツォの死後,着実に信奉者を増やしていったサ…

イル=マニーフィコ~ドイツからイタリアへ㉝~

ピエロのあとを継いだのはその息子ロレンツォであった。ロレンツォは「イル=マニーフィコ」とよばれる。「偉大な」という意味である。メディチ家最盛期であると同時にフィレンツェ・ルネサンス最盛期をつくり出した男である。政治感覚にも秀で,ミラノ公国…

ブルネレスキと丸~ドイツからイタリアへ㉜~

サン・ロレンツォ教会には,新旧二つの聖具室がある。旧聖具室はブルネルスキが,新聖具室はミケランジェロが設計した。まぁ豪華なのはミケランジェロの方だが,旧聖具室では面白いものがみられる。ブルネルスキに設計を依頼したのがジョヴァンニ=ディ=ビ…

メディチ家登場~ドイツからイタリアへ㉜~

フィレンツェの街歩きに出かける。大雑把に北から南下する形で駅前からローマ門に向かってフィレンツェを縦断する。まずはサンタ・マリア・ノヴェッラ教会から東にサン・ロレンツォ教会へ向かう。途中の小さな通りには所狭しと革製のバッグ・ベルト・ジャケ…

技術と芸術~ドイツからイタリアへ㉛~

ルネサンスは単に古典古代の模倣や復活だけでなく,精神的な面として個人・個性・感情・人間性の追求が不可欠になってくる。人文主義という言い方をする。これまでの中世の追求の対象は「神」であった。「神」の反対語は何か。それが「人間」であった。 英語…

フィレンツェ~ドイツからイタリアへ㉚~

当時私は大学で美学を専攻していた。美学史の中でもルネサンスは花形で,「ルネサンス」という語を定義づけた人物としてスイスのヤーコプ=ブルクハルトという人物が授業でよく紹介された。その著書「イタリア・ルネサンス文化」は手に入れやすく,必読書で…

花の都~ドイツからイタリアへ㉙~

フィレンツェを「続・地名語源辞典」(校倉書房)を広げてみると 英語ではFlorenceという。ラテン名はFlorentiaで「花のような,豪華な」の意 とある。ローマ神話の女神フローラが由来で,フローラは花の女神。「花の都」と形容される街は古今東西あまた存在す…