You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

輪になって踊ろう

 駅からの通りはやがて狭い路地へと変わり,そのまま進むと広場に出る。教皇庁宮殿前である。正面玄関であろうか,すぐ目に付くのが壁から迫り出した二本の尖塔である。まるで悪魔の角のように威圧的である。その門は建物の規模からすると低く狭く,外観は「捕囚」の名のごとく牢獄感が否めない。

教皇庁入口

 それでもアヴィニョンの歴代教皇たちは,せめてこの冷たい城塞(牢獄)の内側では豪奢でいようと努めたようである。その一つがワインであった。フィリップ4世が教皇にしたてたクレメンス5世は,フランスはボルドーの大司教であった。ボルドーといえば,世界屈指の葡萄の産地であり,ワインの産地である。クレメンス5世は,教皇庁だけでなく,ワイン熱もこのアヴィニョンに引っ提げてきたというわけだ。ローマでなくともアヴィニョンの民が熱狂したのはいうまでもない。アルフォンス=ドーデの短編集『風車小屋だより』の中に「法王のラバ」という話があるが,当時の様子が書かれている。(法王とは教皇のこと)

 

法王のいませしころのアヴィニョンを見ぬものは,何も見ないと同じ事。《中略》ああ,楽しき時代!楽しき町!まさかり付きのやりは突くものがなく,政府の監獄はぶどう酒の冷蔵庫となった。飢きんはなし,戦争はなし……かくのごとく,法王領の法王は,その民を統べていく道を心得ていた。それで人民もあんなに追慕したのである。

 

 登場する教皇ボニファスのモデルはクレメンス6世であるといわれる。クレメンス6世は囚われ教皇とは思えぬほどに奢侈に耽った教皇であったが,物語では至って親切で柔和な教皇として登場する。(もちろん奢侈と親切・柔和は相反しないが…)

 法王ボニファスのお気に入りはラバとワイン。その「ぶどう園はアヴィニョンから三里,シャトーヌフのミルト林にある彼が手づくりした小さなぶどう園」であった。一日ぶどう園で過ごし,ワインの瓶を空にするとアヴィニョンに戻り法王自身が帽子を打ち振り,ダンスを踊る。人々は口々にいった。「おお,優しい殿様!なんてお人のよい法王様!」

 モデルとなったクレメンス6世は文化の最先端イタリアから文人や芸術家を呼び寄せ,この監獄のような石造の内部を豪華な宮殿へと造り変えていったといわれるが,現在は特に目を引く芸術作品があるわけでなく,ガランとした質素な中世の城塞跡に過ぎなかった。だがクレメンス6世のぶどう畑はシャトーヌフとよばれ,そのワインは「Chateauneuf du Pape(シャトーヌフ・ドュ・パプ)」,「教皇のワイン」という高級ワインとして現在も知られている。アヴィニョン教皇たちの夢の名残りである。童謡「アヴィニョン橋」もまたその1つなのかも知れない。

アヴィニョンの橋の上で

踊るよ 踊るよ

アヴィニョンの橋の上で

輪になって踊るよ

アヴィニョンの橋(正しくはサンベネ橋)