You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

Über den Rhein(ラインを越えて)

 大聖堂をあとに,その足をさらに西へと進めてみる。少し時間がかかるがやがて大きな川に出る。ライン川,向こう岸はドイツである。いくつか橋がかかっているようだが,私が訪れたときはまだ橋の通過にはパスポートが必要だった。現在は出入国管理はおこなわれていないから,手ぶらでドイツに渡れる。

かつてローマ帝国はライン・ドナウ両河川を国境とする方針で,それ以上の進出は望まなかった。ラインのこちら側はガリア,向こう側はゲルマニアとよばれ,ゲルマン民族の地であった。4世紀になるとゲルマン民族の越境は大規模になり,長い国境を警備しきれなかった帝国は滅亡へと向っていく。19世紀末から20世紀前半にかけてもドイツはこの川をいくどと越え,フランスに進出した。その川が目の前にある。

 『カサブランカ』(1942)という第二次世界大戦真っ只中に作られた映画がある。名シーンの宝庫だが,その1つがバーでの歌合戦。親ドイツのフランス政権(ヴィシー政権)下のモロッコ。カサブランカのバーには様々な国籍の人種・民族がいた。その中にドイツ人将校の姿もあり,酒の勢いで将校たちは『ラインの守り』を唄いだす。ドイツの軍歌・愛国歌である。

打ち向かう太刀音,荒れ狂う波 

ラインへラインへドイツのラインへ。

この流れを守るのはだれだ!

愛する祖国よ,平穏であれ!守りは堅固で忠節


 鳴り響く歌声に耐えかねたフランスのレジスタンス指導者は,バンドに「ラ・マルセイエーズ(フランス国歌)」の演奏をリクエストする。ドイツを快く思っていなかったバーの客の多くは,フランス国歌を起立して大合唱。その歌声はやがて『ラインの守り』を凌ぐ。してやったりと拍手渦巻く店内に,感極まった女性の声で聞こえてきたのが「ヴィヴ・ラ・フランス(フランス万歳)」であった。ドーデの『最後の授業』のラストシーンのあの言葉である。

 フランスからライン川を隔ててドイツをみたとき,ストラスブールの大聖堂より,国境にかかる橋の方が,私には感慨深かった。