1916年2月,ここヴェルダンでドゥオモン要塞を巡って第一次世界大戦最大の会戦が繰り広げられた。侵攻してきたドイツ軍をフランスが迎え撃つ。しかしドイツは一方でロシアとの戦いも強いられていたため,ヴェルダンの戦いは12月に終結する。結局両者とも戦前と戦術的には何の成果も得られなかったことになるわけだが,大戦最長にして最大の物資を投入し,最多の犠牲者を出した戦いであった。両軍200万人の兵士が戦い,死傷者は70万人を越えた。前線の兵士の平均寿命は二週間であったという。
『西部戦線異状なし』というレマルクの小説がある。ヴェルダンの戦いの少しあとだが,相変わらず西部戦線においてフランスとドイツとの戦いが続いている。主人公はドイツの一兵士パウル=ボイメル。もともとは詩や戯曲,芸術を好む大学を目指す青年であったが,担任の教師に愛国心を説かれ入隊を決める。しかし戦場で戦闘や友人の死を経験するにしたがって,心の傷を癒せぬままボイメルは人間性を失っていく。次第に希望も失い,生きる意味をも見失った挙句,自分自身が戦死する。
ボイメルが戦死した日の司令部報告には「西部戦線異常なし,報告すべき件なし」と書かれていただけであった。戦争において戦死は「常態」であり,もはや「異常なし」なのである。一青年の死など「報告すべき件」ではなかった。
ボイメルは一度,負傷して休暇をもらい帰郷している。しかし故郷で心の休まらないボイメルは再び戦場へと戻る。のちに『ハートロッカー』(2009)というイラク戦争を題材に,アメリカの爆弾処理離班の日常を描きアカデミー賞作品賞をとった作品がある。この映画をみたときレマルクの『西部戦線異常なし』を思い出した。『ハートロッカー』の主人公爆弾処理係りのジェームズ,ジェレミー=レナーが演じているのだが,彼も任期を終え,幼い子どもが待つ家族のもとに戻る。しかし彼もまたそこに安らぎを得られず,再び戦場へ戻り爆弾処理の任務に戻る。映画はそこで終わるが,もしジェームズが戦場に自分の居場所をみつけたなら,その結末はボイメルと同じく死をもって終わるしかない。『ハートロッカー』の冒頭はこんな言葉で始まる。「戦争は麻薬である。」