You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

マーケットの女たち~ベトナム紀行⑱~

 ニョクマムの香りにまみれて,マーケットには衣料品店や雑貨店がところ狭しと並んでいる。店主や店番はたいてい女性である。若い店員の多くは半そでのシャツに短い黒いタイトのスカート,足を組んで,やはりあの低い椅子に座りスマートフォンをいじっている。足元は素足にサンダルである。彼女たちはストッキングを身につけていないので,その姿が何とも艶めかしい。ベトナム人女性の民族衣装といえばアオザイであるが,体のラインがよくでる衣装を好む民族性があるのだろうか。こういういい方をするとまたどこかからおしかりを受けるのだが,ベトナム人女性には世界屈指の色っぽさを感じる。体にフィットした衣装は姿勢をよくする効果があり,その凛とした姿に品の良さを感じるのだが,アオザイの品の良さに対してマーケットの彼女たちは気品にかけるというのが私の第一印象であった。しかし一転して彼女らを相手に買い物をすると,その印象は感心を越えて尊敬にかわるのである。

 マーケットで買っておこうと決めていたのが,コーヒー豆であった。ベトナムは今やコーヒー豆の世界的産地である。一言にコーヒー豆といっても様々な種類がある。世界の生産量の約60%はよく耳にするアラビカ種で,コーヒー豆の原産地であるエチオピアから世界に広まった。ベトナムで生産しているのはロブスタ種で,こちらは世界生産の約30%になる。ベトナムの高温多湿の気候にあった種で,ベトナムでも中部から南部で生産されている。

 もちろん同じロブスタ種でもピンからキリまであるようで,彼女らは二,三人で取り囲み,どれをどのくらいほしいか次々と尋ねてくる。もちろん観光客相手なので英語はペラペラといってよい。瞠目すべきは計算が以上に速いことである。ベトナムドンはもちろん,それをドルに換算し,さらに円でも教えてくれるのである。もちろんたくさん買えばディスカウントしてくれるのだが,割引率の計算から,割り引いた後の3つの通貨の値段まですぐにはじき出す。計算機も使わずにである。

 それが商売だとはいえ,彼女たちの生きるために身につけたスキルには驚かされる。おそらく学歴はさほど高くはないであろう。そんな女性たちがこの1つ屋根のマーケット中にどれだけの人数働いているのかと想像すると感嘆である。少なくとも語学や算術において日本の子どもや若者たちは彼女たちにとうてい叶わない。

 そんな彼女たちに圧倒されながらも,申し訳ないが念のためにこちらはスマートフォンの計算機を使って確認はさせてもらった。支払いはドルで,おつりはドンで。ドルが普通に通用すること自体,この国の歴史を考えるとおかしな話だが,そのおつりがかえってくるのが早いこと。レジはもちろんレシートなどはもちろん存在しない。ひょっとすると丸め込まれているかもしれないが,いいものを見せてもらったと思うと損はした気分ではなかった。

 ベトナムコーヒーを入れるためには専用フィルターが必要だという。「カフェ・フィン」というらしい。アルミ製のカップ型をしている。街中いたるところで安く手に入る。コーヒーカップの上に載せて使うのだが,見た目はカップの上にカップが載っている状態になる。カフェ・フィンに挽いたコーヒー豆を入れ,細かい穴が開いた中蓋をして,その上からお湯を注ぐ。フィンの下皿にも小さい穴が開いているのでそこからコーヒーカップにコーヒーがしみ落ちてくる。

 香りは甘いが,苦みが非常に強い。酸味は強くない。私はホットで飲むときはブラック派であるが,苦みだけが強いこのコーヒーはブラックで飲むには向いていない気がする。ベトナムではこの苦いコーヒーにコンデンスミルクを入れて飲む。アイスコーヒーにして飲むには最適である。暑い国だからであろうか,ベトナムにはアイスコーヒー文化がある。ホテルの朝食でもアイスコーヒーを注文できるのは,アイスコーヒー好きの私にはうれしい文化である。