荷物を置いて街に出かける。もうすでに日は傾いていた。この日はできることに限りがある。できることは何か。水上人形劇の鑑賞である。水上人形劇場はベトナム各地にあるが,ハノイが本場である。ホテルから歩いて数分のところ,ホアンキエム湖の北のほとりに水上人形劇場がある。
次の18:30の公演のチケットを取る。欧米からの観光客もかなり並んでいた。せっかくだから水しぶきを浴びるという最前列の席を取りたかった。端の席が1つ空いているという。開演までまだ間があるので,ホアンキエム湖のほとりを歩く。夕方,この辺りの人出はサイゴンがかわいく思えるぐらい隙間がなかった。
人形劇の舞台は水を張ったプールである。演者は背景の裏から長い竿で巧みに小さな人形を動かす。プールの両サイドには楽器演奏者と歌い手がいて,音楽に合わせて人形が動く。水面を地面にみたてて,庶民から王侯貴族まで様々な恰好の人形が派手に動き回る。人形は首と手が稼働するだけだが,遠くから水面下の長い棒を操るにはかなりの腕力が必要となるはず。何といっても人形のクオリティーの低さがたまらない。それらが10体以上もそろって同じ動きで踊り出すところなど何とも異様で,それがまた可笑しく,観客の笑いが止まらない。
言葉は分からないが,何をしているのかはわかる。庶民の習慣,昔話,伝説,王宮行司など短いテーマが続く。1000年以上も前,11世紀から続く伝統芸能で,かつては屋外,水辺や水田でおこなわれていたのだろう。農民の生活を題材にとったものも多くある。宮廷発信ではなく,収穫祭や豊作祈願などを込めて始まった庶民芸能なのかもしれない。日本では同じころに田楽が興った。のちの能の原型である。人が舞うという点で田楽とは異なるがどちらも豊年祈願である。このころ東アジアでは米の生産力が大幅に向上した時代である。
人形劇の人形は劇場でお土産として買うことができる。我が家にも一体,そのおかしな人形が飾られている。