You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

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ハイバー・チュン~ベトナム紀行㉘~

ハイバー・チュン
 ホテルで汗を流して休憩したあと,再び出かける。フロントのスタッフにタクシーをつかまえてもらい,ドライバーに行先を伝えてもらった。昨日みなで場所を探した「デン・ハイバーチュン」である。ホテルから南へ車で10分。ハノイの下町にその場所はある。漢字では「二徴夫人祠」と書く。廟の前にはため池がある。ここではタンクトップのおじさんたちは魚釣りに興じている。晩のおかずにでもするのだろうか。彼らはウキはおろか,竿すら見ていない。ただタバコをふかして座り込んでいる。
 二徴夫人とは「徴」姓の二人の女性,徴側(チュン=チャック)・徴弐(チュン=ニ)の姉妹である。1世紀,中国は後漢の時代,漢の支配下のベトナムで二人が中心となった反乱が起きた。彼女らが反乱した時代は,ベトナムは母系社会であったと『物語 ヴェトナムの歴史』(小倉貞男著 中公新書)は説明している。徴側は女王とよばれ,ハノイの近くに宮廷を創設した。

 激怒した漢の光武帝は馬援という人物を将軍として討伐軍を派遣し,二人は悲劇的な結末を迎える。だが中国から3年間の独立を得たことで,徴姉妹は以後ベトナム独立運動のシンボルとなった。祠の前には二人が漢軍を迎え撃った戦いのレリーフが飾られている。その中で徴側は勇敢にも象に乗って指揮を執っている。レリーフの両側には彼女らに従った二頭の象が座っている。この祠を建てたのはベトナム人最初の独立国李朝の王であったといわれる。

 結果として反乱は鎮圧され,以後千年の間,ベトナムは中国の支配を受けることになった。中国の支配とは儒教の支配でもある。それは衣食住はもちろん,社会も母系から父系へと変容したことを意味する。ここハノイでは昼間から娯楽に興じている男性(おじさん)をよくみる一方,女性が重い荷物を運び,露店で切り盛りする女性(おばさん)がサイゴンに比べて多いように思われる。男性が胡坐をかいているのか,女性に活気があってよく働くのか,それはわからない。ハノイの街角で働くおばさんの顔はみな生き生きしていた。実際はとても大変なんだろうけどね。