翌朝,食堂兼宿屋の1階で朝食をとる。いわゆるコンチネンタルブレックファスト。ヨーロッパ大陸の簡素な朝食である。コーヒーにパン。しかしこのパン,見たことも食べたこともないような,そして食べきれるはずのない量。そして何よりジャムの種類の豊富なことに驚いた。パンといえば小麦,ジャムといえばイチゴかマーマレードぐらいしかしらなかった私だが,これほど単純な朝食に胸躍ったことはなかった。かたっぱしから試していく。それがすべて旨いのなんの。もともと甘いものを朝一番に食す習慣がなかった私であったが,この宿は完全に私の食文化を打ち砕いてしまった。今でもこの宿の朝食に出たパンとジャムが世界で一番美味しい朝食であったと思っている。
この日はフュッセンにいく。フュッセンはドイツ南端にあり,その先はスイスである。広々としたドイツの平原はここで終わり,アルプス山脈が目の前に迫ってくる。ドイツロマンティック街道の終点といわれ,そのハイライトであるノイシュヴァンシュタイン城が待ち構えている。
アウグスブルクからは2時間間隔で直通ローカル列車が出ており,約2時間列車にゆられる。フュッセンに近づくにつれて車窓の雪が増してくる。3月の末とはいえ,辺りはすっかり真冬の雪景色になってしまった。雪の少ない地域に住んでいるからだろうか,雪と共にする生活の苦労より,めったにお目にかかれないその美しい景色にテンションが上がってしまう自分がいる。
本当のことをいうと,雪のない緑の景色をみられると思い込んでいた。フュッセンは『大脱走』(1963)のロケ地として有名だからである。第二次世界大戦中,ドイツ軍の捕虜となった連合軍各国の兵士たちが監視の目をかいくぐり収容所から集団で脱走を企てる。そのころ流行ったオールスターキャストの戦争映画である。映画の終盤,スティーブ=マックィーンがバイクで激走したのはどのあたりだろうか?
フュッセン駅に到着した。『大脱走』で収容所を脱出した連合軍兵士たちが汽車に乗り込んだのはこの駅であった。映画では「NEUSTADT」という駅名が掲げられていた。ドイツ語で「新しい町」の意味だが,いかにも架空の町名である。
フュッセン駅からノイシュヴァンシュタイン城まではハイキングコースとなっていて,歩いていける。ただしそれは雪解けが終わってこの地に春が訪れてからの話で,これから城まで歩いていこうとする観光客はだれもいない。巡回バスか,もっとお伽の雰囲気を味わい足れば馬車という手もある。
目的地まで5kmぐらいなら歩くのにちょうどいいと,景色を楽しみながらいくことにした。城は山の中腹にあるとはいえ,麓まで車道と別に歩道が整備されており,道のりは除雪もされ,平坦で歩きやすい。
しばらく歩いてレッヒ川を渡る。『大脱走』の中でチャールズ=ブロンソンとジョン=レイトンが小舟で川を下ったのはこの辺りからか?さらに進むと道は山沿いに南へと向きをかえる。山の木々の切れ間に2つの城が見えてきた。手前がホーエンシュヴァンガウ城。そして向こう側がノイシュヴァンシュタイン城である。一眼レフカメラを望遠レンズに変えて写真に収める。