You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

ラッフルズ・グランドホテル・ダンコール~カンボジア④~

 空港を出た車は,大通りをまっすぐ進む。地図には国道6号線とある。片側二車線でよく整備されている。ホテルに近づくにつれ,車も増えてくるが渋滞するほどではない。道路の両側には,時折,門構えが立派な建物を見かけるが,おそらくそれらはみな外国人向けのリゾートホテルであろう。国道だけに企業の看板も多く,カンボジア特有の文字だけでなく,英語,ハングル,日本語もときどき目にする。案外中国語が少なかった印象である。

 やがてRoyal Independence Gardenという公園で左に折れ,この公園の北面のラッフルズ・グランドホテル・ダンコール(Raffles Grand Hotel d'Angkor)に到着。クリーム色した壁に,屋根の色は空港より濃い臙脂色。車から降りた我々を若いドアマンが英語で迎えてくれた。満面の笑みで迎えてくれたそのドアマンは,背が高くホテルの壁と同じ色の制服。腰から下は一枚布を半ズボン状に巻いたチョン・クバンという伝統衣装である。肌の色は屋根の色に近い赤茶色をしていた。彼は私たちに冷えたおしぼりを丁寧に渡し,そのままロビーへと案内してくれた。


 ロビーに座ると花瓶のように大きな陶器のカップに入れられたウェルカムドリンクが運ばれてきた。カップには象の顔が飛び出しており,ちょうど象の鼻が取っ手になっている。グァバであったか,マンゴーであったか忘れてしまったが,とにかく南国のフルーツの味がした。

 ウェルカムドリンクを楽しんでいると,なんとそこに現れたのは日本人の女性であった。お名前は那須さんといった。このホテルの営業担当をなさっているそうだ。ホテルのチェックインからホテルや部屋の設備,シェムリアップの情報,チップやバイクタクシーの相場など何から何まで丁寧に説明していただいた。私たちが訪れた8月,カンボジアは雨季で,気温が高い上に午後は毎日スコールが降る。観光に出かけるには昼ごろに一度戻ってクールダウンしながら雨が止むのを待ち,夕方に再び出かけるのがよいそうだ。那須さんには次の日の車を手配して頂き,その日は夕食どきまでホテルで過ごすことにした。

 ラッフルズホテルは,アジアを代表するクラシックホテルである。もちろん本家本元はシンガポールにあるが,全室スイート仕立てのシンガポールは宿泊費の桁が違う。一度は泊ってみたいが,なかなか手の届く代物ではない。しかしカンボジアなら2人で泊れば手が届く。カンボジアにはラッフルズを冠するホテルが2つあり,もう1つは首都プノンペンにある。

 ラッフルズの名は,19世紀初頭にシンガポール植民地の建設にあたったイギリスのトマス=ラッフルズをとったものだが,ホテルとは直接関係がない。ホテルは19世紀末に開業し,当時は「スエズ以東でもっともすばらしい施設」と讃えられた。しかし当然ながらホテルに滞在できるのは,宗主国イギリスをはじめ欧米の白人に限られていた。

 シェムリアップのラッフルズもカンボジアがフランスの植民地時代の1932年,「Grand Hotel d'Angkor(グランド・ホテル・ダンコール)」として開業した。宗主国フランスをはじめ欧米からの観光客はもちろん,遺跡や美術品の研究者,まだ密林にうずもれている遺跡を発掘しようと一攫千金を狙う探検家たちをもてなした。

 内戦の暗黒時代を経て,1990年代,シェムリアップのグランドホテルはプノンペンのホテルロイヤルとともにラッフルズの支援を得て改修され,その一員として復活した。各地のラッフルズに比べると手ごろな値段であるが,サービスはその名に恥じない。先の若いドアマンなどは二度目から私たちの顔と名前を覚えており,ホテルに入る前に部屋のキーを用意してくれていた。このように気持ちの良い待遇をそれまでも,またそれからも受けたことはない。

 私たちが宿泊したのは,左翼の別館。ステートルームというおそらく一番安いカテゴリーの部屋だが,ダブルベッドが二台の32㎡。部屋全体が木目調のクラシックな雰囲気。充分に贅沢を味わえる部屋であった。二日目の夜,一度館内で停電がおこった。体が暑さを感じて目覚めたのだが,そのときも深夜にも関わらず対応が早かった。修理はすぐに終わり,エアコンも再び快適に作動した。サービスの速さもあるが,このような事態がこの地では日常茶飯事なのかもしれない。

ラッフルズ名物シンガポール・スリング