アンコール=トム①
その日はホテルで車をチャーターし,アンコール=トムとアンコール=ワットを訪れることにした。車の手配は前日にホテルスタッフの那須さんにお願いした。熱帯の雨季では昼から雨が降り,暑さと相まって屋外を回るのは得策ではない。日が高いうちは一度ホテルでクールダウンするのがよい。このことも那須さんに教わった。というわけで午前中にアンコール=トム,夕方にアンコール=ワットと予定した。
前日,空港に迎えに来てくれた運転手とは打って変わって,スラッと背の高い,髪を短く整えた若者がその日のドライバーであった。東南アジア人の身長は総じて高くないが,彼は180㎝を軽く超えていただろう。しかし驚いたのはその顔立ちであった。かつてパリのギョメ東洋美術館でみた穏やかな笑みを浮かべたジャヤヴァルマン7世の頭部像にそっくりであった。像の顔幅よりは細目であったが,眉,耳,鼻,目,そして特徴的な唇,パーツはすべてクメール人を代表したような顔つきであった。そしてそのはにかんだ笑みは,「クメールの微笑み」を具現したかのようであった。私はこの若者をすぐに気に入った。滞在中,ホテルで車の整備を丹念にしている彼を何度もみかけた。私は少し離れたところから手を振って挨拶するのであったが,その度にクメールの微笑みを返してくれた。
アンコール=トムも隣接するアンコール=ワットも,シェムリアップ中心部から10㎞以上離れている。途中チケットチェックポイントが何ヶ所かに設けられており,ここでチケットを購入する。チケットはアンコール遺跡群共通で,1日券,3日券など日数によって値段が設定されている。遺跡だけでなく,トイレも小銭を出すことなく利用できる。
支払いはドルでおこなう。顔写真を撮られ,それをパソコンに取り込んで,厚紙に印刷されたピンクの柄模様のチケットを受け取る。3日券(three-days-pass)と書かれていた。
アンコール=トムは9世紀以降,アンコール王朝の都である。「トム」とはまた西洋語的な音であるが,クメール語では「大きい」を意味する。「アンコール」が「都城」の意であるから,「大きな都城」ということになる。周囲は約12㎞の正方形の城壁に囲まれおり,城壁には熱帯の土壌特有のラテライトの石材が使用されている。石材どうしを密着させ,接着剤を用いず積み上げたクメール人独自の構築法であるという。南・北・西の城壁には中央部に1つ大門があり,東だけ二門が設けられている。それらは北から勝利の門,死者の門とよばれている。周達観の『真臘風土記』にもこのことが正確に書かれている。
州都(アンコール=トム)は周囲が二十里(約11・78㎞)ばかりである。五つの門があり,門は各々二重である。ただ東門のみは2つの門を開き,ほかの門はみな1つの門である。
城(壁)はみな石を重ねてこれをつくり,高さは二丈(約5.6m)ばかりである。石はきっちり積み上げられていて堅固で,かつ草が生い茂らない。
南大門から入城する。ドライバーは都城の中心のバイヨン前で私たちを降ろしてくれた。バイヨンの北側の王宮前で待っていてくれるという。いきなりメインから乗り込むことになった。
バイヨンは「塔」の意味であるらしい。建造したジャヤヴァルマン7世は大乗仏教の寺院としてこの石造建築を建立した。仏教建築において「塔」がもつ意味は大きい。もともとはインドで釈迦の骨(仏舎利)を納める墳墓であった。ストゥーパという。カンボジアにおいて巨大な石造建築となり,日本では木造の多重塔となった。日本では古い時代の寺院ほど塔は寺院の中心に置かれている。一種の聖域である。ジャヤヴァルマン7世は,塔の配置を古代インドで世界の中心にあるとされた須弥山(メール山)をイメージしたという。
バイヨンを象徴するのがあの「クメールの微笑み」をたたえた四面仏だ。日本には大きな仏像をつくるとき,いくつかのパーツを組み合わせる寄木造という方法が用いられたが,これはさしずめ寄石造りである。日本でいう観世音菩薩(観音菩薩)だというが,ヒンドゥー教の最高神の一人ブラフマーが四面をもつ神だとされている。ここにはインドのヒンドゥー色がみえる。顔の数なら日本には三面の阿修羅像,観音菩薩なら十一面観音があるので,ヒンドゥー教がわからなくとも,日本人には受け入れやすいかもしれない。それにしてもその巨大さ,そして顔のみというのが,実にファンタスティックである。

