この日の午前中はタ=プロームにいく。タ=プロームはシェムリアップ川を挟んでアンコール=トムの東に位置する。この日はホテル前でトゥトゥクを拾って出かけた。二人で往復15$。少し高い気もしたが,距離的にも納得して乗り込んだ。
タ=プロームはアンコール=トムのバイヨンと同じく,仏教王ジャヤヴァルマン7世創建の仏教寺院である。ゆえに所々にみられるヒンドゥー彫刻は後に加えられたものであろう。アンジェリーナ=ジョリー『トゥームレイダー』のロケ地としても有名になった。
アンジェリーナ=ジョリーはむしろ好きな女優ではあるが,『トゥームレイダー』(2001)は,「インディジョーンズ」の二番煎じ女性版という感じでよろしくない。ただこの作品で彼女は実の父ジョン=ヴォイトとの共演を果たしている。劇中でも父娘役の設定である。
ジョン=ヴォイトは『帰郷』(1978)でアカデミー主演男優賞を受賞する名優だが,私がもっとも印象に残っているのは翌年の『チャンプ』(1979)である。私は文学でも漫画でも映画でも,スポーツを題材にとったフィクションは苦手であるが,かつて『チャンプ』をみたときはそのラストシーンに涙した。(今もう一度泣けるかどうかは疑わしい)ジョン=ヴォイト演じるロートルのボクサーが試合後,控室で息を引き取る。幼い息子TJがその枕元で泣きながらの名台詞
Champ wake up … … Don’t sleep. You can go home.
(チャンプ 起きてよ,チャンプ 眠っちゃだめだよ 家に帰らなきゃ)
ちなみにこの年のアカデミー賞最優秀作品賞はダスティン=ホフマンとメリル=ストリープの『クレーマー・クレーマー』である。
スパイ・サスペンスものが好きな私にとってはフレデリック=フォーサイス原作『オデッサ・ファイル』(1974)のジョン=ヴォイトの方が合っているはずなのだが,フォーサイス原作の映画としては『ジャッカルの日』(1973),『第四の核』(1987)と比べる,と敵役が少々お粗末で緊張感に欠ける。
タ=プロームが視覚的に人の心をとらえるのは,何といっても遺跡を侵食するガジュマルの木である。ガジュマル,漢字では「榕樹」とあてる。この辺にみられるのはその一種でスポアンとよぶらしい。ガジュマルは南方の国々ではよく目にする樹であるが,ここまで異様に成長したガジュマルを目にすることはあまりない。
ガジュマルは絞め殺しの木ともいわれる。茎のように太い根が地上に広がり複雑に他の植物や人工物に絡んでいく。その複雑さはまるで血管のようでもあり,軟体動物のようでもあり,ラヴクラフトの「クトゥルー神話」を思わせる異次元の怪物のようである。
タ=プロームの修復を受け持ったインドが,あまりの複雑さに修復をあきらめたというのだから,それぐらい樹々は遺跡と一体化してしまっているということらしい。それともヒンドゥー教徒が多いインド人にとっては,かえってその様子に神聖さを感じて尻込みしてしまったのか。例えば,修復を依頼されたのが日本なら,あるいはこのガジュマルを一掃して律儀にもとの形に戻してしまっていたかもしれない。
とはいえ,もうそろそろ寺院も原型を保っているのも精一杯になっているらしい。自然の脅威(驚異)に屈するか,文化的遺産を保護するか,選択を迫られているそうだ。この状態のタ=プロームを見学できるのも今のうちである。


