トンレサップ湖に行くことにした。シェムリアップの南に位置する東南アジア最大の湖である。「トンレ」は「川」,「サップ」は湖の意味であり,湖から流れ出る川はトンレサップ川という。トンレサップ川はやがてプノンペンでメコン川と合流する。
カンボジアはケッペンの気候区分でいうとサバナ気候となり,一年は雨季と乾季にわかれる。したがってトンレサップ湖の面積は雨季と乾季では大きく異なる。調べると面積は琵琶湖の約4倍とあるが,どの時期をとっているのが,あるいは平均なのかわからない。
『真臘風土記』の中にはトンレサップの記述もある。
その地は半年は雨があり,半年は絶無である。四月より九月に至るまで,毎日雨が降るが,午後にまちがいなくふる。淡水洋(トンレ・サップ)の中の水痕(水にぬれた跡・水位)は高さ七,八丈(約23-26メートル)ばかりあり,巨樹もことごとく没して,僅かに一本のこずえを(水面に)留めるのみである。
日本であらかじめオプショナルツアーを申し込んであった。ホテルまでガイドさんが車で迎えに来てくれる。ガイドは男性と女性が一人ずつ。2人とも20歳そこそこといった年齢。2人は日本語を流暢に話した。別のホテルでもう一組のカップルを拾ってトンレサップに向かった。
シェムリアップ市街を出ると,すぐに未舗装の道に出る。湖に近づくにつれ,広大な水田が広がる。以下も『真臘風土記』の記述。
大抵,一歳の中に三,四回のとり入れをすることができる。
耕作する者は,どの時期に至れば稲が熟し,その時には(湖の)水が何処までおおうようになることができるかを指し示す(ことができ),その(水没しない)地によって稲の種を播く。
又,一種類の野中の田がある。(そこでは)うえないのに常に(稲を)生じ,水の高さが一丈に至れば,稲もまたこれとともに高くなる。おもうに特別の一種である。
「特別の種」とは「浮稲」のことであろう。浮稲は南アジアや東南アジアにみられる品種で,雨季の前に種籾を播種し,成長は自然に任せる。自然に任せるとは,ひたすら雨を待ち,稲は水かさが増えるに合わせて茎を伸長させるのである。
最初の記述にあるように周達観がカンボジアを訪れた13世紀,アンコール朝では三期作,四期作が行われていた。一年の半分が乾季なのに,それが可能であったのは灌漑システムが整っていたからである。アンコール朝の治世者たちにとって宗教施設の建造と同様,治水・灌漑のためのインフラ整備は最重要課題であった。国を治めるためには食料が要る。食料つまり米を栽培するためには水が要る。しかし降水にのみ頼る天水農業は,年中期待できないからである。
そこで歴代の王たちはバライと呼ばれる巨大な貯水池を掘り,水路を整備した。アンコール=トムの西側にある西バライは現在も残る貯水池である。現在は干上がっているが東側にも同じ大きさのバライがかつては存在した。東バライの水はアンコール=トムやアンコール=ワットの環濠を潤した。そして水田の灌漑を常時可能にし,乾季に降水の肩代わりをした。
水を治めるのがこの国の王の使命であった。アンコールの芸術によくナーガ(七頭の蛇神)が登場するのも水を崇拝する彼らの信仰の現れだろう。

