You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

東海道をゆく①~発端序:日本橋~

  難波江のよしあしくとも旅なれば おもひたつ日を吉日とせん

 『東海道中膝栗毛 発端(はじまり)』(十返舎一九)

まづそのとしはめでたき春をむかへて きさらぎ(二月)のなかばより いせさんぐう(伊勢参宮)とおもひたち 東海道へと出かけける

 江戸八丁堀(現東京都中央区)の住人,栃面弥次郎兵衛とその相方喜多八が繰り出す珍道中『東海道中膝栗毛』が書かれたのは今からおよそ200年前のことである。コメディタッチの旅物語を「弥次喜多道中」というのはこの滑稽本が由来である。

 江戸期を代表する人気作品であるが,中高生時代の古文の題材としてまず取り扱われることがないのは,その品のなさであろう。中世の紀行文と比べると決して格式高いとはいえない。ただし社会科(日本史)では作品・作者とも必須となっている。

 2020年早春。日本だけでなく,世界中が激震に見舞われた。「COVID-19」,日本では新型コロナウイルスとよばれる感染症のパンデミックである。これより2年あまり,人々は移動の自由を奪われることになる。海外渡航はもちろん,国内の移動さえままならぬ日々が続いた。世界中が混乱する中,私もその年の3月,コーカサス地方を訪れる予定であったが,断腸の思いで前日にキャンセルを決断したのだった。

 いつまで経っても事態はおさまる気配もなく,旅に出られないいら立ちばかりが募る。ようやく国は秋にかけて「Go To トラベル」というキャンペーンを打ち出したことで,国内旅行への道が見え始める。とはいえ屋内を訪問するのにはいまだ躊躇いがあったため,考え抜いた挙句が「東海道でもたどってみるか」であった。

 途切れ途切れに,暇を見つけては旅立ち,寄り道しながらゴールまで約6年の旅の記録。東京日本橋から京・大阪への道連れなしの一人旅。『東海道中膝栗毛』冒頭:鹿島立ち(旅立ち)の狂歌はこうである。

 難波江のよしあしくとも旅なれば おもひたつ日を吉日とせん

(難波江=行先の状態が,良くても悪くても旅であれば,思い立った日を吉日としよう)

遠い春の日,私とは逆に東京へと旅立ち,今もその空の下で暮らすかつての良き友人たちにこの記録を捧ぐ。(2026年1月1日)