You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

東海道をゆく⑫~第十宿:箱根宿~

箱根の山は天下の険

函谷関も物ならず

『箱根八里』 詞:鳥居 忱 曲:滝廉太郎

 

 「箱根の山は天下の険」という歌い出しは,よく知られた童謡である。題名は『箱根八里』。「箱根八里」とは,前の小田原宿から箱根宿まで四里と少し,次の三島宿まで四里弱,合わせて八里となる。「函谷関も物ならず」,二番には「蜀の桟道数ならず」とまで歌われている。私は函谷関にも蜀の桟道(中国)にも訪れたことはないが,それはちょっと大げさであろう。標高も距離も違いすぎるし,そんなところで駅伝でもやろうものなら,もうスポーツを越えたアドベンチャーとなろう。

 箱根宿・箱根の関所には小田原駅始発のバスに乗るのがよい。1時間ほど山道を登るので,できるだけ着席しておきたいし。到着するとバス停の目の前は芦ノ湖,そして箱根の関所跡が見える。

 箱根の関は中世以降,関東に武家政権が確立して以来,関東防衛の要の1つであったことは言うまでもない。「関東」とは元来,京都と滋賀の境である逢坂の関以東,つまり都の東側全域を指す言葉であったが,時代が下るにつれ不破関(岐阜)以東を,江戸時代以降は箱根関以東を指す語として完全に定着した。関の守護の任に就いたのは小田原藩であった。

 「入り鉄砲に出女」とは,江戸時代の関所で特に警戒監視するもののことで,江戸に火器を持ち込ませないことはもちろん,江戸を出る女性にも気を配った。江戸時代には参勤交代という制度があった。大名の正室と嫡子は江戸住まいとし,全国の大名は1年おきに江戸(参勤)と領地を行き来(交代)する。つまり幕府は人質を取ると同時に藩の財政をそぎ取る。一石二鳥の防衛策であった。江戸から出る女性は老中配下の留守居役から特別な手形(女手形)を発行してもらう必要があり,そのハードルは高かった。箱根関跡の展示には,出女の身元や身体検査を検分する人見女(女性の役人)とその様子が細かく再現されている。


 がしかし十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の中では,関所は難所として描かれず弥次喜多の二人は

春風の手形をあけて君が代の戸ざさぬ関をこゆるめでたさ

と清々しく通過している。「戸閉ざさぬ関」とは当時の太平気分を表しているのではないか。

 箱根関所資料館を見物した跡,峠だけは徒歩で越えてみる。車が通る国道一号線とは別に山道をゆく旧東海道が残されている。整備されているとはいえないが,登山道というほど険しくもなかった。途中,反対側から下る一行にはすれ違ったが,私の前後に登る人はいなかった。

天下の険 口ほどにもなしと 負けおしみ 息せき(関)切った 五十路の峠

お粗末で。

シーズン1~武蔵・相模編~了(シーズン2へ続く)