You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

『レ・ミゼラブル』~シテ島③~

 ヴィクトル=ユーゴーといえば『レ・ミゼラブル』。『レ・ミゼラブル』といわれても,フランス語が分からないとタイトルから伝わってくるものはない。私が小学生だったころ,図書室には『ああ,無情』という題で小学生用に編集されたものがあった。「無情」と書かれておれば,子ども心にも文字の感じから伝わるものがある。実は『レ・ミゼラブル』をそのまま和訳しただけであるが,これは黒岩涙香の名訳らしい。私はこの小学生版「ああ,無情」でこの物語を最初に知った。後に『レ・ミゼラブル』として翻訳本を読んだが,主人公ジャン=ヴァルジャンにもまして,敵役ジャヴェール警視に傾倒していったのは私だけではないだろう。ノートルダム大聖堂前のシテ通りを北に向うとセーヌ右岸との間に架かる橋に出る。ノートルダム橋。最後にジャヴェールはこの橋から入水自殺した。

 ジャン=ヴァルジャンとジャヴェールには明確なモデルが存在する。それぞれにではなく,一人の人物である。かつては窃盗犯であり脱獄囚であったが,のちにその能力を買われてパリの警察にスカウトされたという異色の経歴をもつ人物がいた。フランソワ=ヴィドック。彼が生きた時代は,まさに『レ・ミゼラブル』の時代であり,一連のフランス革命の時代であった。その回想録は邦訳されており,やや小説的ではあるが,当時の社会や犯罪を知る貴重な資料である。のちに独立した彼は世界初の私立探偵ともいわれ,その捜査手法はシャーロック=ホームズとも似ているが,ヴィドックは実在した人物である。

 初めてパリを訪れたとき,この辺りのカフェで私は初めての本物のカルチャーショックというものを受けた。アイスコーヒーという飲み物がグローバルでないことを知ったのである。注文がすんなり通った機嫌よく待っていると,出されたものに目が点になった。何とコーヒー味のアイスクリームであった。テラス席でタバコを片手にアイスクリーム。ヴァルジャンとジャヴェール以上に水と油であった。