You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

ノートルダム大聖堂~シテ島②~

 主要都市の大聖堂がそうであるように,パリの大聖堂もまた「聖母マリア」に奉献されている。フランスの民衆はこれらの教会を,親しみを込めて「われらが婦人」つまり「ノートル・ダム」とよんだ。「われら」の部分が単数形になると「マ(ma)」となり,「マ・ダム」(わが婦人),つまり「婦人」の尊称である。ノートルダム大聖堂はパリ以外でも数多く建設されているが,パリのノートルダムはゴシック建築の代表例とされる。

 パリのノートルダムに限らずヨーロッパの教会建築というものは西構えと決まっている。つまり西側が正面玄関になる。(もちろん例外もある)それは仏教寺院では南大門とよび,南が正面玄関になるように宗教上の理由にある。信者が聖域,つまり太陽の昇る側(パレスチナの方角)である東に向って進むように意図されている。従って正面が北西,後陣が南東方向に向いているほど正確に造られているといえる。

 「強い光が東から現れて西まで照らすように,人の子(イエス・キリスト)も東から現れるであろう。」(マタイ福音書24:27)と聖書にあり,教会の最奥,つまり東の奥にイエスの偶像(絵や十字架)が置かれている。教会や聖堂を訪れたければ西から向うと迷わずに正面にたどり着く。またゴシックの教会の平面図はラテン十字の形をとっている。つまり上から見れば十字架の形で,縦の方が長い。(縦と横の長さが同じ十字はギリシャ十字という)

 「ゴシック」という語がもっとも我々に身近に接しているのが,字体(フォント)であろう。しかし本来の意味はゲルマン民族の一派「ゴート族」であり,「ゴート風」とよばれたのがその様式名のはじまりである。しかもフォントにみる整った親しみやすい様式ではなく,侮蔑を込めた「野蛮な」とでもいう意味で元来使用された。

 ゴシック建築は中世建築の中でも末期に登場した。12世紀のフランスが発祥といわれ,パリのノートルダム寺院がまさに初期ゴシック建築の代表である。ゴシック建築の次に誕生する建築様式は,もうルネサンス様式で,近代の芽生えの時期にあたる。ルネサンスは中世を否定することから始まったため,当時の人々は前時代の芸術を軒並み野蛮(ゴート族的)なものとして捉えた。

 ゴシック建築=「野蛮な・粗野な」建築として最初に紹介した人物の1人が,イタリアの画家・建築家であるジョルジョ=ヴァザーリである。彼の著したルネサンス期の芸術論と芸術家の伝記『芸術家列伝』は美術史においては一級資料の1つである。

 

 さてここにもう1つドイツ式と呼ばれる別の建築がある。これらは装飾も比例も,古代やわれわれの時代のそれとは非常に異なっている。また今日ではすぐれた人はこれを用いない。それどころか彼らはあたかも怪物か野蛮人から逃げ出すように,これらから逃げ出した。というのは,これらは秩序などというものは一切もっておらず,いっそ混乱とか無秩序とか呼んだほうがいいようなものである。《中略》

 彼らはあらゆる壁面やその他の装飾部分にたくさんの尖塔や突起や葉状文様などをくっつけた壁龕を上へ上へと重ねるという呪わしいことをやってのけた。《中略》この様式はゴート人が創案したものである。彼らが古代の建築を破壊したのち,戦争のために建築家たちが死んでしまったので,生き残った者たちがこの様式を使って建物を建てたのであった。《中略》それらはわれわれの建物に比すれば余りにも醜いので,これ以上述べるには価値しない。

 

 さんざんないわれようである。それでは後世のルネサンス人からみれば醜悪きわまりないゴシック建築は,前時代のロマネスク建築と比べればどうだったのだろうか。

 外観でいうとロマネスクはヴァザーリが呪わしいとまでいった装飾や尖塔がなく,重厚で落ち着いた感じを受ける。大きさも「上へ上へ」という意識は少なく,ゴシックに比べて巨大化していない。イタリアのピサの斜塔があるピサ大聖堂がよく例に出される。

 しかし一方でロマネスクはゴシックに比べて建築技術が未熟だともいえる。ロマネスク建築では大きな石造の屋根を支えるためにそれだけしっかりとした分厚い壁を必要とした。これが重厚感の原因で,そのため窓も小さく上へと伸び難い。これに対してゴシック建築の壁は薄い。建物の重みを分散させる技術が進んだからである。教会の内面に見られるリブ・ヴォールト,外側にはフライング・バットレス。これが技術革新であった。

 ゴシック建築の内部の天井には何重ものアーチ(半円)がかかっている。この立体的にクロスしたアーチはそれだけで美しい幾何学模様をなしているが,単なるデザインではなくアーチをクロスさせることで天井の重みを四方向に分散させているのである。これをリブ・ヴォールトという。ヴォールトとはアーチ状の天井(かまぼこ型)。リブとは四角形の対角線と考えてよい。

アントワープ大聖堂(ベルギー)の美しいリブ・ヴォルト

 フライング・バットレスの方は逆に外からしか見えない。正面とは逆の後ろ側に回ってみるとよくみえる。教会の屋根から肋骨のように飛び出した梁がそれである。リブ・ヴォールトで補強した天井をさらに外側から引っ張って支えようというのである。

 これらの工夫によって教会(聖堂)は高さを得られるようになり,壁の厚さも薄くすることができた。薄くなった壁には大きな窓を取り付けられることができるようになった。ゴシック建築の教会内部といえばステンドグラスの美しい窓。これらの窓をよくみてみよう。細長く上へと伸び,上の部分はとがったアーチ(尖塔アーチ)になっていて,ロケットのようである。この形も重さを左右に分散するのに一役買っている。ロマネスクのように丸いアーチだと重さが中心に集中するのである。

 パリのノートルダムに限らず,ゴシック建築には建物の余すところなく様々な彫刻装飾がなされている。それら図像の意味を細かく分析している本にフルカネリ著「大聖堂の秘密」というのがある。興味ある人は一読してみるといい。もっと軽く教会の気分を味わいたいひとはヴィクトル=ユーゴーの「ノートルダム・ド・パリ」がある。

 

 

ノートルダム大聖堂 最期の審判の門