You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

サンセット大通りと『モダンタイムス』~ロサンゼルス⑤~

 チャイニーズシアターの前の大通りは,ハリウッド・ブルバード(大通り)である。歩道には大きな星(スター)にエンターテインメント界の有名人の名を刻んだプレートがはめ込まれている。その数2000とも2500とも。「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイム(名声の歩道)」とよばれている。

 ハリウッド・ブルバードの南側はサンセット・ブルバード。その名も『サンセット大通り』(1950)という名作の舞台となっている。主演ウィリアム=ホールデン,監督ビリー=ワイルダー。二人は『麗しのサブリナ』(1954)でよく知られるが,『サンセット大通り』が二人の出世作であった。ハリウッド映画界とこの通りにある豪邸が舞台の作品である。のちのち気が付いたが,『刑事コロンボ』の「忘れられたスター」は,たぶん『サンセット大通り』がモデルになっているのではないだろうか。そういえばコロンボはロサンゼルス市警の警部であった。

 サンセット・ブルバードでは,サイレント(無声映画)時代の超大作『イントレランス』(1916)の撮影場所となった。『イントレランス』では監督デヴィッド=ウォーク=グリフィスによって,現在の映画につながる撮影手法が数々試され,取り入れられた作品である。大学に入って下宿近くのレンタルビデオ店でこの作品が置いてあるのを見て感動したものであった。「奈良の田舎とは違う。さすが大阪だ。」と思ったものだ。サンセット・ブルバードは通りをそのまま奥行のある城塞セットとして作り変えられ,両サイドを城壁に,通りには馬車を通したという。

 D・W・グリフィスもまたエジソン・トラストら大手映画製作会社の手を逃れ,ハリウッドに自由を求めた1人であった。その盟友にチャールズ=チャップリンがいる。彼らはユナイテッド・アーティスツという共同制作会社を設立する。

 チャップリンはサンセット大通りとラブレア通りが交差するあたりに自前のスタジオを建設した。今も残っている。私が訪れた当時はA&Mというレコード会社(現在はジム・ヘンソン・カンパニー)の所有となっていた。『キッド』(1921),『街の灯』(1931),『モダンタイムス』(1936),『独裁者』(1940),そして『ライムライト』(1952)といったチャップリンの長編の名作はこのスタジオで撮影された。

 『モダンタイムス』は確か高校の授業で初めて見た。スタジオを飛び出して撮影されたラストシーンはおそらくこのハリウッドの近くであったのだろう。チャップリンはヒロイン:ポーレット=ゴダードに口角を上げて笑うように促す。カメラに背を向け,どこまでも続く一本道を,中央線に沿って腕を組みながらチャップリンとゴダードが堂々と歩いて遠ざかっていく。(なぜ背を向けているのか。道の真ん中を,彼らは何に向かって歩んでいるのかというのがこの映画の肝。) バックに流れるのは名曲『スマイル』。作曲はチャップリン自身である。ポーレット=ゴダードは後にチャップリンの妻となる。

 『スマイル』についてはこのときの授業で,一悶着があったのをよく覚えている。映画鑑賞を終えたあと,ラストに流れる曲が『スマイル』だと気づいた私は,「この曲いいよなぁ」と映画を見せてくれた先生に話かけたところ,先生は「『スマイル』は『街の灯』だ」と突っぱねたのである。ナット=キング=コールが歌う『スマイル』(後に歌詞が付けられた)を私は知っていたので間違いないのだが,その日すぐにレンタルビデオ店に立ち寄って帰宅し,『街の灯』を見てみた。それでも先生は私が卒業するまで頑として『街の灯』を譲らなかった。

 『スマイル』の件はともかく,この先生の授業には映画の話がよく出た。どの授業もまともに聞いていなかった私だが,映画に関してのY先生の話は勉強になった。アメリカに渡る前,『バグダッドカフェ』を見るように薦めてくれたのもY先生であった。確か地理や歴史で世話になった。