You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

ムーラン・ルージュ~モンマルトル①~

 サンラザール駅のホームを出て駅東側のアムステルダム通りを北に進む。突き当たりのクレシー広場から北西にクリシー通りを進む。アムステルダム通りの「通り」はrue.だがクリシー通りの「通り」はboulevardだ。Rueは一般的な小道で,パリ市内を縦横無尽に広がっており,boulevardの方は大通りといった感じだろうか,並木も整えられている。もう少し大きくなるとavenue(アヴェニュー)となる。シャンゼリゼ大通りはアヴェニューである。

 「…ven…」には「行く・来る」という意味がある。フランス語の「来る(venir)」,ラテン語の「vado」から来ているのだろう。英語のinvent(出てくる⇒発明する),adventure(向って行く=冒険する),revenue(戻ってくる⇒収入),prevent(前に行く⇒邪魔する)。Avenueはa(フランス語で「~に」・「~へ」)+venなので,「~へ向う道」という意味となる。つまりAvenueには目印となる大きな建物があることになる。

 2,3分も歩くとクレシー通りは大きく東へと方向を変えるが,そのまま通り沿いに歩くとブランシュ広場,広場に面してナイトクラブ:ムーラン・ルージュがある。「ブランシュ(blanche)」はフランス語で「白」,白い広場の赤い風車。言葉のコントラストが景観とマッチしていて広場の名前はよく覚えている。これより北の一帯がモンマルトル,パリの区分でいうと18区になる。

 ムーラン・ルージュ,フランス語で「赤い風車」の名前そのまま,屋根の上の赤い風車が有名な観光名所となっている。広場はぐるっと白壁の建物,その中で「ムーラン・ルージュ」だけが赤く際立っている。ナイトクラブ,キャバレーなどというとどこかいかがわしい響きを感じないでもないが,歴としたディナーとショーを楽しむところである。もちろん老舗ということもあってお値段はとびっきり,そのころ20歳そこそこであった私は外から眺めることしかできなかった。

 ムーラン・ルージュは「赤い風車」という映画音楽で知ったのが最初である。フランスの田園地帯を思わせるようなさわやかな曲であったが,のちに映画(1952)をみてみると,大都市(パリ)の下町の愛憎あふれる人間関係を描いた作品であり,曲とのギャップに驚いた。

 この映画は19世紀末のムーラン・ルージュを舞台に,店に通いつめた画家アンリ=ロートレックを主人公としている。ロートレックは少年時代の足の怪我から,下半身の発育が止まる障害を負う。そのため愛を求めても愛を得られず,愛に恵まれないまま退廃的な生活がたたって若くして世を去る。画家といってもロートレックは,同世代のゴッホなどのモンマルトルの油絵画家とは違って,今でいうポスターの名作で通っている。ロートレックのポスターは今でもカフェやバーの壁によくかかっているのをみかける。ロートレックの絵は雰囲気をつくる。

 映画「赤い風車」を撮った監督はジョン=ヒューストン。アメリカ人だが,この人の作品には個人的には名作が多い。その理由はお気に入りの原作に,お気に入りの俳優を使った作品が多いからだ。デビュー作はあのハンフリー=ボガート主演の「マルタの鷹」(1941)。グレゴリー=ペックを主演にしたメルヴィル原作の「白鯨」(1956)は子どものころテレビでみて,トラウマになったくらい怖かった。「007カジノロワイヤル」(1967)やショーン=コネリー主演の「王になろうとした男」(1977)も面白かった。