You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

サンラザール駅

 パリ北部にはもう1つターミナル駅がある。サンラザール駅である。パリのターミナル駅の中ではもっとも歴史のある駅だ。フランスで産業革命が進展したのは1830年代のこと,この駅は早速そのころに開業した。クロード=モネといえば「睡蓮」で有名なフランス印象派の代名詞のような画家であるが,サンラザール駅を題材にした一連の絵が残っている。

 産業革命は黒いダイヤ「石炭」が支えた。蒸気機関も鉄も石炭なしにはありえなかった。そしてその結果,環境破壊や公害ももたらした。これらすべてのイメージは黒く暗い。その象徴である鉄筋の駅舎と蒸気機関車をモデルとして,モネはその風景を実に明るく柔らかに描いた。一連の絵はどれももくもくと立ち上る蒸気機関車の煙が絵一面に描かれているが,その煙は風景全体を柔らかく包み込んでいる。機関車ですら鋼鉄の重みを感じない。中には青色で描かれた煙もあり,驚きである。おそらくそれは空の青さが映りこんだのであり,私たちが排気ガスにもつイメージとは真逆の発想である。印象派は光の動きや質感,そしてあざやかな色彩にその特徴があった。

 私はこのモネが見た風景を見たくてサンラザール駅前のホテルを探した。当時私はあらかじめ宿を決めないことにしていたが,このときのホテル探しは結構苦労した思い出がある。夜,空港から北駅に着いた私は徒歩でサンラザール駅を目指し,荷物を背負って迷いに迷い,そして見つけたのがHotel Londre & New York。 パリにいるのにロンドンとニューヨークというおかしな名前も気に入った。調べてみると30年近くも前に宿泊したこのホテルは現在でも営業している。できれば3階以上のサンラザール駅が見える部屋をお勧めする。ホテルの窓から絵に描かれたホームを直接みることはできないが,構内ホームの三角屋根は100年前と同じ姿を残している。