You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

パリの屋根の上~モンマルトル③~

 「洗濯船」前の坂道を更に登り,ガブリエル通りを東へ東へと進めば,モンマルトル最大のランドマーク,サクレクール寺院が見えてくる。

 サクレクール寺院は比較的新しい教会である。隣国プロイセンとの間に勃発した普仏戦争(1870-71)の戦没者慰霊のため,19世紀末に着工した。完成したのは第一次世界大戦がはじまった1914年だから歴史は1世紀ほどしかない。パリで一番高い丘の頂に,まさにそびえている。

 だがここモンマルトルは教会が建つ以前から聖地とされていた。「モンマルトル」の語源は「殉教者の丘」である。殉教者サン=ドニの礼拝所があり,16世紀にはこの場所でイグナティウス=ロヨラやフランシスコ=ザビエルらがイエズス会を結成する。彼らはパリ大学の神学生であった。当時神学といえばパリ大学であった。ザビエルはやがて日本までやってくる。1549年のことであった。

 ゴシック建築のたまり場といってよいパリにあって,サクレクール寺院は珍しくドーム(円屋根)を特徴の1つとするビザンチン様式を用いた教会である。内部のモザイクもやはりビザンチン様式の特徴で,ここのイエスのモザイクは世界最大級らしい。

『アメリ』(2001)というフランス映画はモンマルトルを舞台に若い女性の日常を描いたコメディ映画でなかなかのヒット作であったし,実際面白かった。キャッチコピーは「幸せになる。」映像も音楽もフランス(パリ)らしさが散りばめられ,サクレクールもモンマルトルの象徴として登場する。

 さあもう少しだ。がんばろう。サクレクールへ続く階段を昇りきったところでしばらく休憩。振り向けばパリの街が一望できる。標高は130mほどであるが,これでもパリで最も高い場所である。一面に広がるのはパリの屋根屋根たち。

 『パリの屋根の下』(1930)というフランスのトーキー最初期の映画がある。実際は部分的にセリフが混ざる程度でほとんどサイレント(無声)であるといえるが,この主題歌が良かった。同名の『パリの屋根の下』というシャンソンである。三拍子のリズムが心地よく,フランス語であるにもかかわらず何だか歌えそうな曲である。日本語バージョンの歌詞の中に「パリの屋根の下に住みて 楽しかりし昔」とあるが,パリのアパルトマン(アパート)やそれを改装したホテルなどには今でも屋根裏部屋がある。天井が斜めなっている分,空間が狭く,最上階であるため昔は水回りが貧弱であった。そのためかつては低所得者や金持ちの使用人部屋としてあてがわれた。今ではその歪な空間がある種の味となって,進んで間借りする人や宿泊する人も増えている。パリに下宿するなら一度は屋根裏部屋という人もいるという。

屋根には明り取り用の窓(ドーマーウィンドー)が取り付けられている。夜になるとその一つ一つから明かりが漏れるはずである。パリの灯りはこの街に慎ましく住む人々の屋根裏部屋の灯りともいえる。温かい灯りである。