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ある社会科講師の旅の回想録

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ホテル・マジェスティック・サイゴン~ベトナム紀行⑦~

ホテル・マジェスティック・サイゴン

 サイゴンではコロニアル様式のクラシックホテルと決めていた。選択肢は早くから2つに絞っていた。コンチネンタルかマジェスティックである。悩んだ末にマジェスティックに決めた。決め手は予約の際の無料サービスが充実していたことである。メルセデス(ベンツ)の送迎(片道),バーでの1ドリンク,アフタヌーンティー(1回),エステ(1回)であった。

 午前10時に関空を出発したベトナム航空941便は,約5時間半後にタンソンニャット国際空港に到着した。航空券にはHO CHI MIN CITY と書かれているが,空港コードはSGNである。今でもサイゴンの略称を使用している。ベトナム・ドン(通貨)をいくらか入手して空港を出る。じっとりと湿った空気が体にまとわりつく。出口にはマジェスティックと私たちの名前が書かれたプレートをもった運転手がいた。5つ星ホテルに似合わないラフな格好の人物であった。何かを片言の英語で話しかけてくるが,よく理解できなかった。車はベンツではなかった。一抹の不安を抱いて車に乗り込み,大渋滞に巻き込まれながらホテルにたどり着いた。

 マジェスティックで間違いなかった。ホテルは角地に立っており,その角部が正面玄関となっている。チェックインのとき,スタッフから送迎車について説明とお詫びがあった。どうやらホテルの送迎用ベンツはすべて使用中であったらしい。お詫びに帰りも無料で空港まで送ってくれるという。もちろんその時はベンツをご用意しますということであった。

 マジェスティックスはフランス植民地時代の1925年に開業した。第二次大戦中,日本軍が進駐するようになると,一時「日本ホテル」と改名され,日本政府・軍関係者御用達の宿舎となる。戦後,再び「マジェスティック」の名を取り戻したが,ベトナム南北統一後,ベトナム名で「クーロンホテル」と改名する。「クーロン」は漢字を充てると「九龍」であるが,ホーチミン市から近いメコンデルタにかつてあった省の名前に由来する。デルタ(三角州)地帯だけにメコン川の支流が多く流れる地域で,「龍」はおそらく川を意味しているのであろう。

 1985年にサイゴンツーリストという国営企業の所有となり,現在の「マジェスティック」となった。マジェスティックだけではない,ホーチミン市の他の高級ホテルもまたサイゴンツーリストの管理下に置かれているのである。つまりどのホテルに宿泊しようが,その利益は国に入るというわけだ。ホテルの銘を刻んだ玄関のプレート,建物の壁,部屋のレターセットにまでプリントされているサイゴンツーリストの文字が社会主義国であることを改めて思い出させてくれる。

 部屋はコロニアル・プール・デラックス。木を基調にした広い部屋。キングサイズのベッドが2つのツインルーム。ベッドからテレビまでの距離はかなりある。テーブルにはトロピカルな果物が盛られていた。バナナ,ドラゴンフルーツ,マンゴスチン。

 『米欧回覧実記』の中で久米邦武はマンゴスチンについて書いている。明治の人物がマンゴスチンを食べたというのが面白い。

「マングスタン」ト名ツクル,果実ヲ共ス,「マングスタン」ハ,果中ノ最上品タリ,其状は外殻柘榴皮ニ似テ,其色紫黒ニ,甘形ナリ,…口ニイレハ氷解ス,此果実ハ久シク蓄フヘカラス,七日ヲ過レハ味ヲ失フ,…

 部屋に案内してくれたのは若い女性であった。流暢な英語で部屋の説明をしてくれた。チップを渡すと実に丁寧な所作で受け取り,それを綺麗に四つ折りにして大切に握りしめた。タイやカンボジアのお決まりのように合掌の仕草はなかったので,熱心な仏教徒ではないだろう。