You ain't heard nothing yet!

ある社会科講師の旅の回想録

You ain't heard nothing yet!(お楽しみはこれからだ!)

ストラスブール

 ストラスブール。いわゆるアルザス=ロレーヌ地方に足を踏み入れる。フランス東部のアルザスとロレーヌ両地方は現在ドイツと国境を接する地方である。アルザスの方が東側にあり,ライン川によってしっかりとドイツと接着している。その中心地がストラスブール。ロレーヌ地方はその北東部一部だけがドイツと接している。その中心地はメッス(メス)。この2つの地域はその歴史上,双子の兄弟のように運命を共にし,そのため2つで1つかのようにアルザス=ロレーヌと一括りにされてきた。現在は2人ともどもフランス領ということで落ち着いているが,歴史上フランス領であったり,ドイツ領であったりと二転三転を繰り返してきた。まぁ地方分権的であった中世であれば,国家というものに対する帰属意識はあまりなかったかも知れない。

例えばストラスブールで活版印刷術を発明したといわれるグーテンベルクは現在のドイツ出身であったといわれる。彼自身フランスで仕事を成し遂げたとは考えていなかっただろうし,フランスも印刷術の発明が自分の国の誇りだとも考えていない。

 むしろアルザスの人々は自分たちをアルザス人であると考えていた。住民が話す言語はフランス語でもドイツ語でもなく,アルザス語であったといわれている。アルザス語はドイツ語の方言である。そもそもドイツはかつて多くの領邦国家の集まりであったため地方分権の見本のような国であり,ドイツ語には数え切れないほどの方言が存在する。

 近代になってからこの地方を巡るフランスとドイツの争いは激しくなった。というのもこの地方では石炭や鉄鉱石といった地下資源に恵まれていたからである。19世紀,産業革命においてフランスに遅れをとったドイツ(当時はプロイセンであったが)にとってはこの地方を手にすることが大陸に覇を唱えるために不可欠であった。そしてそれが達成されたのが1871年の普仏戦争(プロイセン・フランス戦争)の勝利である。ドイツは帝国となり,アルザス=ロレーヌはドイツ語風にエルザス=ロートリンゲン州と名前を変える。現在EU議会がここストラスブールの郊外に設けられているのは,大きな戦争の一因となったこの地をその反省と不戦への誓いの地にしようとするヨーロッパ人の思いからであろう。