国立博物館
タ=プロームからシェムリアップ市内へ戻り,ホテルの北側にある国立博物館で降ろしてもらった。少しチップをつけて代金を渡すと,合掌し,それまで厳しい顔つきを崩さなかったバイクのおじさんは微笑返し。英語で「トンレサップ,オールドマーケット,またどこかへ行くときは呼んでくれ」と。たぶんシェムリアップのおじさんたちの方が,学校教育を受けた大阪のおじさんよりずっと英語力がある。
アンコール国立博物館は,文字通りこの辺り出土の仏像やその他の宗教芸術の宝庫である。仏像ファンにはたまらないスポットだが,後進国の博物館に違わず,国立といえどもエアコンが効いていない。ところどころ巨大な扇風機が回っているだけである。基本,窓は開けっぱなしであるが,風通しがよくない。国宝級のお宝を目の前に,不快指数が高いことだけは覚悟しておいた方がよい。
昼が近づいて来た。博物館の窓から大粒の雨が見える。幸いホテルはこの隣である。帰って午後のクールダウンをとる。
オールドマーケット
午後,スコールがおさまったら,オールド・マーケットに行ってみる。ホテルからはシェムリアップ川沿いを南に約1.5㎞のところにある。トゥクトゥクを拾う。片道2人で2$。
市場は朝が賑わうのが相場。午後に訪れたからなのか,やはり閑散としている。とはいえ東南アジアの市場の独特の鼻をつく匂いの歓迎は,しっかりと受けた。魚の干物,発酵食品,そして魚醤の香りである。食べ物の匂いは町の匂いでもある。写真や動画では,それが伝わらない。鼻をつく異臭,この空気感が旅の醍醐味でもある。
魚といったが,魚介類のすべては近くの川やトンレサップ湖でとれた淡水産である。淡水産の魚介類は寄生虫や菌が多い。しかも熱帯である。生食はもっての他,よく火を通して食さなければならない。その為であろか,熱帯アジアの料理には油をふんだんに使用するものが多い。よく海外では水に気をつけろとはいうが,実は熱帯で下痢に陥る原因は,食中毒を防ぐための大量の油と殺菌作用のある香辛料(唐辛子など)のせいではないかという気がする。周達観は『真臘風土記』の中でこのようにいっている。
下痢を患う者は,十に八,九は死ぬ。
かくいう私も帰国間近になって激しい下痢に見舞われた。海外で生食,生野菜,淡水魚は極力さけることにしているが,私の場合,思い当たる節が油の摂取と唐辛子,あるいは氷かも知れない。『真臘風土記』の記述にある十中八九死ぬ下痢とは,赤痢のことではないだろうか。幸い大事にいたることはなく,帰国後すぐに回復した。
カンボジアシルク
マーケットの中には,食料品だけでなく,日用品を売る店の他,土産物店もある。食料の次に目に入るのが,織物。現地の人々のズボンやスカート,腰巻,スカーフ,手ぬぐい。これらの中で高級なのが絹織物,シルクである。あらかじめ斑に染めた絹糸で織ることで様々な模様を生み出す絣(かすり),絹絣。
東南アジアのシルクはタイが有名である。タイシルクを世界的に有名にしたのは,戦後タイシルクで財を成したアメリカ人ジム=トンプソンであるが,カンボジアのシルクも内戦後の今,密かに注目を集めているらしい。
東南アジアの絹絣の技術は,中国からではなくインドから伝わったものらしい。いわゆる元祖シルクロード経由で西アジアに伝わったものが海路インドを経て,タイに東伝した。さらに16世紀には琉球経由で日本にも伝えられる。江戸時代からさかんになる木綿や麻の絣織のルーツである。
『真臘風土記』を読む限り,13世紀末のカンボジアではまだ本格的に養蚕はおこなわれていなかったようである。
土地の人はみな蚕桑に従事しない。
近年,暹(せん)人が来て居住すると,そこで蚕桑を仕事とし,桑の種・蚕の種はみな暹の中より来た。
「暹」とはタイのことである。西から台頭するタイとともにカンボジアに養蚕と絣織の技術は根付いていったのだろう。
お土産にはクロマーとよばれるスカーフが手ごろだろう。日差しよけに頭からかぶるのもよし,ストールとして首に巻くのもよし,手ぬぐいとしても使える。マーケットなどで売られているのは綿製が多いが,色とりどり,柄が豊富なのがよい。私はせっかくなのでシルクのものが欲しくて,ホテルの売店で買うことにした。熱帯の土産だが,冬でもマフラー替わりに毎年使うほど気に入っている。