カンボジア
シェムリアップ最後の夜はホテルでアプサラダンスのショーを見ることにした。席の予約をホテルの日本人スタッフの那須さんにお願いした。行ってみると最前列中央の特等席を用意して頂いた。ディナーはビュッフェ形式である。 アプサラダンスはクメール(カン…
車からボートに乗り換える。乗り換えるのは,湖に流れ込む川岸からである。喫水の浅い細長の屋形船のような小型のボートが所狭しと並んでいる。乾季には湖の水深が1mになってしまうらしい。喫水の深い大きな船はここでは役に立たない。みな一様に明るいブル…
アンコール朝が衰退すると,灌漑施設の整備も荒廃する。自然,この地域の稲作は周期的に訪れる雨季を待つしかなくなった。つまり浮稲栽培である。浮稲は自ら水位に合わせて成長するので,種子に回る栄養が少なくなる。手間はかからない反面,収穫量が少ない…
トンレサップ湖に行くことにした。シェムリアップの南に位置する東南アジア最大の湖である。「トンレ」は「川」,「サップ」は湖の意味であり,湖から流れ出る川はトンレサップ川という。トンレサップ川はやがてプノンペンでメコン川と合流する。 カンボジア…
国立博物館 タ=プロームからシェムリアップ市内へ戻り,ホテルの北側にある国立博物館で降ろしてもらった。少しチップをつけて代金を渡すと,合掌し,それまで厳しい顔つきを崩さなかったバイクのおじさんは微笑返し。英語で「トンレサップ,オールドマーケ…
この日の午前中はタ=プロームにいく。タ=プロームはシェムリアップ川を挟んでアンコール=トムの東に位置する。この日はホテル前でトゥトゥクを拾って出かけた。二人で往復15$。少し高い気もしたが,距離的にも納得して乗り込んだ。 タ=プロームはアンコ…
アンコール=ワット③ 寺院の境内にはあちこちでサルをみかける。この地域の遺跡ではよくみかける光景である。サルはヒンドゥー教では聖獣とされている。猿の王ハヌマーンは,ヒンドゥー聖典でもある『ラーマーヤナ』でラーマ王子を助ける重要なキャラクター…
アンコール=ワット② 実は仏教寺院となったアンコール=ワットに,鎖国前の江戸時代の日本人が訪れている。鎖国以前,日本は朱印船貿易をおこなっていた。朱印船とは朱印状をもつ船のことで,朱印状とは海外渡航の許可証である。目的地は東南アジア各地であ…
アンコールワット① 午後,きっちりと雨が降った。傘は役に立ちそうにないどしゃぶりの雨である。夕方,雨は少し残っていたが,明るいうちにアンコール=ワットに向かった。アンコール=トムの南,いくらも離れていない場所にアンコール=ワットはある。アン…
アンコール=トム③ バイヨンのすぐ北にあるバプーオンという遺跡。11世紀,ジャヤヴァルマン7世以前であるのでヒンドゥー寺院である。入口から寺院まで円柱列に支えられた「空中参道」を渡っていく。200mほどある。 バプーオンの北側はアンコール朝の歴代王…
アンコール=トム② バイヨンの東側に象乗り場がある。象に乗るなどめったにないことなので,せっかくだから乗ることにした。象はバイヨンを一周する。象に揺られながら全方向,高い位置からバイヨンを見物できのだが,やはりというか,ところどころに崩れた…
アンコール=トム① その日はホテルで車をチャーターし,アンコール=トムとアンコール=ワットを訪れることにした。車の手配は前日にホテルスタッフの那須さんにお願いした。熱帯の雨季では昼から雨が降り,暑さと相まって屋外を回るのは得策ではない。日が…
カンボジアのシェムリアップは世界遺産アンコール=ワットの町である。アンコールはクメール人が樹立した王朝である。このクメール人がカンボジアの多数を占める民族であり,カンボジア語とはクメール語のことであり,そしてクメール文字がクメール語を表記…
空港を出た車は,大通りをまっすぐ進む。地図には国道6号線とある。片側二車線でよく整備されている。ホテルに近づくにつれ,車も増えてくるが渋滞するほどではない。道路の両側には,時折,門構えが立派な建物を見かけるが,おそらくそれらはみな外国人向け…
カンボジアの入国にはビザが必要となる。空港でも取れるということだが,入国で手間取るのは嫌なので,あらかじめ日本で取得しておくことにした。幸い大阪在住の私は,通勤途中の梅田に在大阪カンボジア王国名誉領事館というのがある。申請用紙(パソコンでダ…
1980年代も末,米ソ冷戦が終結へと動く中,国際社会はカンボジア和平にも協力した。1990年,カンボジア和平会議が東京で開かれ,翌年のパリ会議で内戦当事者の四派が和平に同意する。PKO(平和維持活動)として国連がカンボジア入りし,UNTAC(国連カンボジア暫…
ランキング参加中旅行 ランキング参加中歴史 ランキング参加中映画 「この夏はカンボジアに行こう。」その夏そう思い立って,ポンちゃんに話すと,いつもと違ってその返事は快いものではなかった。たいていどこへでも,私に付いてきたがる彼女であったが,「…